お侍様 小劇場

   “お父さんと一緒” その2 (お侍 番外編 17)
 

ゴールデンウィークも間近とあってか、
その寸前に大暴れした冷たい雨もすっかり上がっての遠のき、
今日は朝から極上の好天に恵まれて。
だって言うのに、

「………。」
「………。」

島田さんチのリビングには、少々掴みどころのない空気がたゆたっている。
珍しくも普通の休日に在宅なさっている大黒柱の勘兵衛様と、
部活はなくのやはり在宅していた次男坊という二人のみが、
同座しているリビングであり、
おっ母様こと、七郎次の姿はどこにもないのが、
妙な言い方になるけれど、このお家に色々と詳しいお人にしてみれば、
何だかとっても珍しい構図に見えるに違いなく。

『いえね、どうしてもと頼まれまして。』

先の大騒ぎからどれほどか。
急性虫垂炎への手術を受け、しばらくほど入院加療していた隣家の五郎兵衛さんが、
少し早いが退院することと相成って。
早いというのは“まだ早い”ではなく、
回復力が驚くべきレベルのそれであったという意味で。
何せ切ったのは腹部だよって、
日頃は気づいていなくとも、
実は身を起こすだけでも相当な力が腹部の皮膚にはかかっており。
これが子供なら
1週間で起き上がってもよろしいというところまで傷口も塞がるが、
大人は体格の差や腹圧の大きさも違うことから、
本来だったら もちっとかかるものなのだけれども。

  ―― じっと大人しくしていると約束できるなら。

普段の鍛えようが違ったか、
傷口も塞がりの、至って元気元気な様子なのでと、
特別に早い目の退院の許可が下りたのだとか。
毎日のように、見舞いというより付き添いに出向いていた平八に、
どうしても断れない発注が入ったらしく。
完全看護の病院ではあるのだが、
やさしいゴロさんだから、きっと平八が寂しがると思ってのことだろう、
『ヘイさんの顔が見られぬというのは、いささか堪えるな。』
そこのところ判りやすい不器用さは、
自分も誰かさんに覚えがある七郎次が苦笑したよな言いようをし、
それでの退院となったのだそうで。
そこで、横になったままで家まで戻れるように、
特別な車両を用意しのそれでのお迎えに臨んだ平八だったが、

『運転は私がしますが、もしも、万が一、ということのないように。』

介添え役としてついて来てはくれまいかと頼まれた、七郎次おっ母様。
さばさばした態度で誤魔化しつつ、まだどこか頑ななところの残る、
遠慮がちであまり頼み事をしない平八が、
ちょいとしおらしくもお願いしますと言って来たこと。
これを聞いてやらずしてどうするかと奮起したおっ母様がお出掛けし、
それでのご不在…というワケで。

『なに、すぐに戻りますから』

お給仕が要らないようにと、
重箱いっぱいの五目稲荷に、ほどよい焼き加減のさわらの塩焼き、
ゆでたそうめんへ熱くした澄まし汁をかけるだけの にゅう麺を用意し、
お昼ご飯はそれで済ませてとバタバタ出掛けていったのがお昼前。
さすがにそこまでしてあれば、問題なく食せた昼餉を済ませてのさて。
七郎次がさほどにもお喋りということはないのだが、
それでも盛り上げ役がいないとありあり判る静けさは、
実は相手のいるお留守番なだけに…却って居たたまれないものなのか。
『…ふむ。』
よほどのこと、手持ち無沙汰であったのか、
お天気の良さにも誘われてのこと、
ひょいとお庭へ出た勘兵衛が、
サツキの茂みの隙間から顔を覗かす、雑草の草引きなぞ手掛け始めた。
日頃は縦のものを横にもしない旦那様だが、
草いじりも実はあんまり得意ではない父上なのだが。

  ―― ここだけは別。

リビングから望めるこのお庭、
まだ高校生だった七郎次を実家本家から呼べなかった間はそりゃあ殺風景だったのが、
彼が来た途端に手が入り、見事なまでにこうまでの、
花や緑のあふれる暖かな場へ転じたのが、口には出さねど殊の外に嬉しくて。
だから、いつもいつも眺めていての、
季節毎に新しく植え替えられる花々の名もちゃんと知っているし、
どこがどうなりゃ具合がいいのか、そういう勝手も重々承知。
そんな父上が一仕事を始めたので、ともなれば、
『…。』
ただぼんやりと見物というのも気が引けたものか、
お父さんの真似をして後へと続いた次男坊。
こちらさんもまた、おっ母様のお手伝いという形でなら、
草引きどころか花壇の畝ならしも経験済み。
ところが…。

『…つっ。』

サツキの枝ででも手を突いたか、跳ね上げるように避けたその手。
何でもないなら気にせぬものが、じっと眺めていたものだから、
立ち上がっての歩みを運ぶと、どらと手を取り、
『…おや。』
指の腹にちょんと、
滲み出していたビーズ玉のような血の粒を、
衒いもなくの舐め取ってやったお父上だったのだが。
その途端に、

『…っ。/////////

別段、衆人環視の中という訳でもなかったそれだのに、
真っ赤になると立ち上がり、もぎ取るように手を引き取っての、
あっと言う間に家の中へ、庭ばき蹴散らして駆け込んでしまい。

『?』

何が何やら、取り残された勘兵衛がきょとんとし、
それから…今に至ってる。
移植ごてやら道具を片付け、抜いた雑草をポリ袋にまとめという後始末をし、
勝手口より近かったからと、
泥のついたサンダルのまま玄関から上がったのは…ままご愛嬌。
玄関マットに少々土がこぼれたが、
お廊下へも乾けば砂ぼこりとなろう汚れが上がったが、
お戻りになったおっ母様が、苦笑しつつもさりげなく始末してくれるとして。

「…久蔵?」

お返事はなかったが自室に立てこもっているということはなく、
リビングの窓辺近く、日頃の定位置であるラグの上へ、
両脚を投げ出すようにして座っており。
それとなく見やった手元へは、
自分で手当てをしたものか、少し歪んだ絆創膏を貼っているようなので、
まま、これ以上構いつけることもなかろうと断じると。
同じ水場でも台所の流しで顔や手を洗うとおっ母様から苦言を垂れられたのでと、
洗面所まで手を洗いに向かってのそれから。
一番最初のそれぞれの定位置に戻った格好の、今現在に至っているのだが。

「………。」
「………。」

ああいうちょっとしたことへの手当てをしてくれると言えばの、
七郎次がいないので、甘える先がいなくて拗ねてでもいるものか。
そこはさすがに男の子でしかも高校生だから、
本来は人に甘えることなどない次男坊。
唯一母上にだけ、その偏りを一手に集めてのゴロゴロ…と、
いかにも幸せそうに甘えているのであって。

 “そうさな、誰でもいいということではないか。”

自分だとて、
いくら咄嗟でも、例えば見ず知らずの誰ぞにあのような手当てをされたなら、
失礼ながらギョッとして凍りついてしまうかも。
まま、七郎次が戻れば機嫌も直るかなと、
意識を向けることさえ鬱陶しいかと気遣って、自分は自分で新聞なぞ広げ、
お口を噤むと静かな昼下がりへと馴染みかかったお父上だったのだが。

 「…ん?」

その新聞の上へと陰が落ち、
顔を上げれば背後に立っていたのが、
ラグの上から立って来たらしき次男坊。
自宅で神経とがらせる必要も無しと、とんと警戒せずにいたとはいえ、
逆に言えば…何でまた、そうまで気配を断って近寄って来た久蔵だったのやら。
肩や背を覆う蓬髪を暖めていた陽を遮った、
自分の肩幅の半分ちょっとしかない痩躯を、その肩越しに見上げれば、

 「〜〜〜。////////
 「…お。」

ちょうどそれへとそちら側からも手を延べるかのように、
細っこい双腕が伸びて来て、首っ玉へとふわりしがみつく。
間近になってのこちらの頬へと触れた、
そちらはいかにも若々しい頬は。
少しほどひやりと冷たかったものの、
まるで少女のそれのように瑞々しくもすべらかで。
豊かな蓬髪ごと搦め捕るように抱き着いて来、
ほんの刹那だけ触れた頬をずらすと、
そのままぱふりとこちらの肩口へおでこを伏せて。

 「…かたじけない。」

絞り出したような小さな小さな声が、
そんな一言を紡いだものだから。

  ―― ああ。そうか。

拗ねた訳ではないのだと、今やっと勘兵衛へもそれが伝わった。
あのねあのね、
何でも酌んでくれるおっ母様じゃあなかったから びっくりしただけ。
今こうしているように、島田のことも好きなのにね。
お陽様の匂いと、いかにも男の人の匂いがする、
頼もしい背中とか暖かいお膝とかだって大好きなのに。
いつもはこっちから抱きつきに行くものが、
そちらから、それも七郎次のような構い方をされたので混乱して、
そんな彼から逃げ出したことを、今度は気まずく思ってただけ。


 「すまぬ。」
 「何がだ?」
 「何ででも。」
 「そうか。」
 「………怒っておらぬか?」
 「ああ。」
 「本当か?」
 「本当だ。」
 「…ならいい。////////


大きくて堅い肩と、自分みたいにふわふかじゃないけど もふもふする長い髪。
低めると深く響いて優しいお声に、
照れてるのが判ってかこっちを向かないでいてくれる、
広い背中と同じほど、彼なりの思いやりをくれる人。


    あのな?
    さっきいじっていたサツキ、
    ホントは芝桜とかいうのにしようかと毎年シチが悩んでて。

    ほお、そうなのか?

    うむ。毎年桜の次に満開の芝桜の風景が中継とかされるので、
    きれいだなあって見ほれてて、
    でも、サツキは島田が好きなのでって、抜くのはやっぱりやめになる。

    そうか。
    儂は別に、きれいな花が咲くのなら何でも構わぬのだがな。

    そういう言い方はよくないぞ?
    ちゃんと心砕いてくれているものを、何でもいいだなどと。

    そうであったな、すまぬすまぬ。
    お主の方がよっぽど、大人であるようだの。

    〜〜〜。////////


ホントのホントにたまのこと、
実はこうやって会話が弾む二人だってこと、
おっ母様はまだ知らなかったりするのである。
その母上も そろそろお帰りかも知れませんね。
待ち遠しいからって…慣れないことをして、
却って七郎次さんのお仕事増やすような真似だけは、
しないようにね? お二人さん。





  〜Fine〜 08.4.26.


  *ちょっと“カンシチもの”が続いておりますので
   (次も恐らく…)
   カンキュウの主張もしときたくなりまして。
(おいおい)

  *飼ったことはないけれど、
   何だかここんチのキュウは猫みたいだなと思いましてね。
   照れもなくの“いい子いい子vv”してくれるシチさんにばっか懐いてて、
   でもお父さんのことも嫌いな訳じゃあない。
   気が向いたらお膝にで〜んと陣取ってみたりもするし、
   触ってもいいんだよ?なんてな、何とも気まぐれな懐き方をして、
   その実、煙たがられたらヤだなと思って近寄らないだけ。
   内心では彼の側からこそ甘えたがってればいいなとか思ってますvv


めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

戻る